公衆衛生委員会

インフルエンザワクチン有効率調査2015~2016年シーズン

「インフルエンザワクチンの有効率 ― test-negative case-control design ― 」

横須賀市医師会  髙宮 光

【 はじめに 】
   ここ数年、欧米ではインフルエンザワクチンの有効率をtest-negative case-control designで調査している。そしてその結果をシーズン早期に発表し、有効率が高い場合にはワクチン接種の勧奨を、有効率が低い時には予防投薬の考慮を呼び掛けている。2013/14年シーズンから本邦でもこの方法による有効率の調査報告が散見されるが、調査規定は統一されていないのが現状である1)-3)。神奈川小児科医会の幹事有志が2012年に立ち上げた神奈川県予防接種推進協議会では迅速診断キットを用いてtest-negative case-control design(迅速診断陽性を症例、陰性を対照とした症例対照研究)にて2015/16年シーズンのワクチンの有効率を調査したので報告する。


【 対象と方法 】
   対象は神奈川県内11市の18医療機関(神奈川県予防接種推進協議会会員)をインフルエンザ様疾患で受診し、迅速診断を行った患者(6か月~82歳)で、ワクチン接種歴が判明している者とした。A型2,507例で、B型1,992例、陰性3,270例の計7,769例を対象とした。各群の接種、未接種の割合は図1の如くであった。

インフルエンザワクチン有効率調査

   臨床症状だけによる診断は除外した。尚、迅速診断キットは統一していない。流行開始は県内でも各市によって異なるため、各市内のインフルエンザ定点あたり1.0以上をその地域の流行開始時期とし、調査開始時期とした。経過時間によっては発症日に迅速診断で偽陰性として出て来る場合もある。他の研究グループでは発症日の検査は集計に含めないとしているところもあるが、発症日にインフルエンザと診断されることも多いので、発症日の検査結果も含めて集計した2)。診断結果が陰性でも、その後陽性になった場合は前者の結果は削除することとした。一度インフルエンザに罹患した者は、そのシーズンの集計に入れないと規定しているグループもあるが、他の型に罹患することもあるので、当協議会では一度インフルエンザに罹患した者も集計に入れることとした2)。ワクチン接種後2週間以内の発病はCDCの規定同様、未接種として扱った(表1)。ワクチンの有効率は(1-オッズ比)×100%で算出した。性別、今季ワクチン接種回数を独立変数とした多重ロジスティック回帰分析で補正した。

インフルエンザワクチン有効率調査


【 結果と考察 】
インフルエンザワクチン有効率調査

インフルエンザワクチン有効率調査

   全体の有効率は38.5%(95%CI:32.6%,43.8%)で、表2の如くA型に対する有効率は42.5%(95%CI:36.1%,48.2%)で、B型に対する有効率は33.2%(95%CI:25.2%,40.2%)だった。表3の如くCDC(米国疾病予防管理センター)の最終報告である7,563例の有効率は47%(95%CI:39%,53%)であり、A(H1N1pdm)型に対する有効率は41%(95%CI:31%,51%)、A(H3N2)型に対する有効率は45%(95%CI:9%,66%)で、B(山形)型に対する有効率は55%(95%CI:41%,66%)、B(ビクトリア)型に対する有効率は55%(95%CI:38%,68%)だった4)。A型の有効率はCDCの結果とほぼ同じであったが、B型の結果はCDCの結果の方が高かった。今季のワクチンから3価から4価に変わり、B型は山形系統とビクトリア系統の両方の株が入り、有効率が上がっても不思議ではない5)。実際に両系統とも少ないながら流行したので、他のグループの報告を待ちたい。

   米国予防接種諮問委員会(Advisory Committee on Immunization Practices;ACIP)から、ワクチン株と流行株が一致している場合では、65歳未満の健常成人での発症防止効果は70~90%で、施設内の高齢者における発症防止効果は30~40%と下がるが、入院回避効果は50~60%、死亡回避効果は80%と報告されている6)。本邦では厚生労働省研究班の報告では高齢者の発症予防効果は34~55%、死亡回避効果は80%と米国とほぼ同じ結果が得られている7)。6歳未満の小児においては22~25%と報告されている8)。但し、これらの調査はPCRも迅速診断も実施していない時代の結果であり、特に小児に関してはインフルエンザ様疾患としてインフルエンザ以外の疾患も含まれ、母数が多くなっている分、有効率が低くなっている可能性が高いと考えられる。今後はtest-negative case-control designで出した有効率でワクチンの効果を判定していく必要がある。

   1歳未満および13~15歳では95%CIがマイナスにかかっているため有効とは言えなかった。2014/15年シーズンに我々が調査した結果も同様だった。またSinjohらも同様の結果を報告している3)。1歳未満は他の年齢区分と比較して接種率が著しく低いことと、インフルエンザワクチンのプライミング効果が弱いためだと思われる。但し、13~15歳においては、この理由では説明がつかず今後の検討が必要である。更に10~12歳も95%CIがマイナスにかかっており有効とは言えなかった。有効であった1~9歳を1回接種群と2回接種群に分け、1回接種群は更に前季接種群と未接種群に分けてそれぞれの有効率を調べた。

インフルエンザワクチン有効率調査

   表4の如く1回接種群では前季接種群の方が前季未接種群より有効率が高い傾向にあるものの、前季接種した場合でも1~6歳では1回の接種では有効とは言えなかった。2011/12年シーズンからワクチンの接種量は欧米と同じになったが、接種回数は以前のままである。欧米では9歳以上は1回接種で、9歳未満であっても過去に接種歴があれば1回の接種でかまわないとされている。今回の調査では1~6歳では前季に接種歴があっても2回接種すべきとの結果となった。

   case-control designは様々なバイアスの影響を受けやすく、症例数が少ないと更にその影響が強く出やすいため多くの症例数が必要となる。実際に調査結果を集計していくと、1,000例位までは有効率が安定せず、特に症例数の少ない年齢区分においては変動が激しい。3,000例を超すと有効率は安定してくるので、少なくとも3,000例以上の症例は必要であろう。海外ではこの調査の診断にPCRを用いているが、本邦で迅速診断を用いることは有用と思われる。迅速診断はPCRに比べて感度は下がるが、導き出された有効率はPCRを用いた場合と差がないことが報告されている9)。本邦では日常的な診療で迅速診断を用いているので、多くの症例数を集めるのはそう難しいことではない。現在使われているスプリット型不活化HAワクチンは以前からいくつかの問題点が指摘されてきた。卵馴化により株の抗原性が変化しやすい点や粘膜表面での感染を防止するIgAの誘導がなく、プライミング効果が弱い点などが指摘され、細胞培養ワクチンや経鼻不活化ワクチンやDNAワクチンなどが開発中である10)-12)。新たに開発されるワクチンの有効率も今後は、このtest-negative case-control designで評価されるであろう。そのためにも早急に調査対象や規定項目などを全国で統一する必要があると思われる。

この調査に協力した医師(五十音順)
有泉隆裕、生田孝一郎、大山宜秀、片岡正、門井伸暁、古藤しのぶ、小林博英、
鈴鹿隆久、髙宮光、田角喜美雄、津田正晴、中野康伸、西野善泉、藤原芳人、
古谷正伸、真下和宏、山崎徹夫、横田俊一郎、


文献
  1. Suzuki M,Yoshimine H,Harada Y et al : Estimating the influenza vaccine effectiveness against medically attended influenza in clinical settings : a hospital-based case-control study with a rapid diagnostic test in Japan.PLoS One 8:e52103,2013
  2. 福島若葉:小児ニオケルインフルエンザワクチンノ有効性ニツイテ.国立感染症研究所平成26年度感染症危機管理研修会報告書,2014
  3. Sinjoh M,Sugaya N,Yamaguchi Y et al : Effectiveness of Trivalent Inactivated Infuluenza Vaccine in Children Estimated by a Test-Negative Case-Control Design Study Based on Infuluenza Rapid Diagnostic Test Results .PLoS One 10:e0136539,2015
  4. CDC : Adjusted vaccine effectiveness estimate from Nov 2, 2015-April 15,2016
  5. ) 国立感染症研究所:週別インフルエンザウイルス分離・検出報告数、2011/12~2015/16(http://www0.nih.go.jp/niid/idsc/iasr/Byo-gentai/Pdf/data2j.pdf)
  6. CDC : Influenza.In ; National Inmmunization Program Pink Book 9th ed,2006.
  7. 平成9-11年度厚生科学研究(新興,再興感染症研究事業)報告書 : 「インフルエンザワクチンノ効果ニ関スル研究」(主任研究者:神谷 齊).
  8. 平成12-14年度厚生科学研究(新興,再興感染症研究事業)報告書 : 「乳幼児ニ対スルインフルエンザワクチンノ効果ニ関スル研究」(主任研究者:神谷 齊,加地正郎)
  9. Suzuki M, Yoshimine H, Harada Y et al :Estimating the influenza vaccine effectiveness against medically attended influenza in clini- cal settings : a hospital-based case-control study with a rapid di- agnostic test in Japan.PLoS One 8 : e52103,2013.
  10. Minor PD, Engelhardt OG,Wood JM et al : Current challenges in In implementing cell-derived influenza vaccine : implications for Production and regulation, July 2007, NIBSC, Potters Bar, UK. Vaccine 27:2907-2913,2009.
  11. 木戸 博:生体成分粘膜アジュバンドニヨル戦略的予防.(http:// Scfdb.tokyo.jst.go.jp/pdf/20051190/2007/200511902007rr.pdf)
  12. Ledgerwood JE,Hu Z,Gordon IJ et al : Influenza virus h5 DNA va- ccination is immunogenic by intramuscular and intradermal routes in humans. Clin Vaccine Immunol 19:1792-1797,2012.


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